日本の学校が教えない偉大な日本人-柴五郎 [WiLL斜め読み]

月刊WiLL1月号より抜粋です

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清朝末期の1899年、西欧列強の収奪に抗して義和団の乱が起こる。
彼らは「扶清滅洋」を掲げて「洋人」を襲い、ドイツ公使らが殺害された。
好機と見た西太后はこれと手を結び、清兵は義和団を交えて列強の公使館を襲い、
各国の「洋人」は命からがら北京城に逃げ込む


立て籠もった一千人足らずの外国人を数万の敵が取り囲む。
映画『北京の55日』は籠城の一部始終を描いた。
籠城戦の指揮を執ったルイス少佐をチャールトン・ヘストンが演じた。

これは史実と違う。

実際に指揮を執ったのは日本の中佐・柴五郎で、
彼は五十数名の日本兵を率いて奮戦敢闘した。

中国語はもとより英語、フランス語にも通じ、
その見事な統率・指揮ぶり、くわえてその人格に各国の洋人らは信頼と感謝を寄せた。
それが史実だ。


やがてアメリカ、イギリス、ロシア、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリアに
日本を加えた八カ国が連合軍を結成して北京に到着。
五十五日におよぶ籠城戦は死者四十人弱にとどまり、多くの人命を救った。

アヘン戦争につぐアロー戦争(1856年)で、
イギリスとフランスの連合軍は北京を占領し、掠奪・破壊・放火の限りを尽くした。
紫禁城から宝物や古美術品を掠奪するだけにとどまらず、
円明園にも押しかけ、破壊・掠奪に狂奔した。

義和団撃退後の北京でも、再び同様の事態が起こった。
くらべて柴五郎は掠奪を禁じる命令を発し、日本軍の規律は賞賛の的となった。
籠城戦の功績と合わせて、柴五郎には各国から勲章が送られている。


イギリス公使マクドナルドは、共に戦った柴と日本兵の勇敢・礼節に感動した。
首相セシルに日英同盟の構想を説き、のちの同盟締結の推進者となった。

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日本の学校というのは、
「日本は悪い国でした」と教える事だけは熱心で、
どうしてこういう史実を子供たちに教えないんでしょうね。

こういった史実を子供たちに教える事で、
子供たちは、自分たちの先輩に偉大な人物がいたんだ、と
自信と誇りを持ち、
「自らも彼らのようでありたい。」
と思わせ、
現在なくなりつつある道徳、倫理、人道、モラル、
といったものを取り戻すきっかけとなるでしょうに。




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